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【第6話】窓のない部屋から青い空の下へ:会社を捨てて見つけた本当の働き方

ノマドワーカー小説
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第6話:師との出会い

「佐藤さん、ちょっとよろしいでしょうか」

オンライン講座の4週目、講義終了後に高橋講師から個別の連絡が入った。健太は少し緊張しながら応じた。

「はい、大丈夫です」

他の受講生たちが退室していくなか、健太だけが画面に残った。高橋講師は柔らかな笑顔で話し始めた。

「佐藤さんの課題提出を毎回拝見していますが、非常に質が高いんです。特にテクニカルな内容を噛み砕いて説明する能力が素晴らしい」

「ありがとうございます」健太は照れくさそうに答えた。「SEとして文書作成はよくやっていたので…」

「それだけではないと思います」高橋講師は首を振った。「センスがあります。編集者の目から見ても、あなたの文章は読みやすく、かつ正確性を失っていない。この才能をもっと伸ばしてみませんか?」

健太は驚いた。「才能」という言葉を向けられたのは初めてだった。会社では「使える駒」でしかなかった彼が、何かに秀でているとの評価を受けるのは新鮮だった。

「実は、知り合いに元商社マンでテクニカルライターとして独立した方がいるんです。村上と言って、今では企業向けのコンテンツ制作で成功している方です。もしよければ、あなたを紹介したいのですが」

健太の胸が高鳴った。「是非お願いします」

「よかった」高橋講師は満足げに頷いた。「村上さんは後進の育成にも熱心で、月に一度、少人数の勉強会を開いています。次回は来週土曜の午後です。参加できますか?」

「はい、大丈夫です」健太は即答した。会社の残業予定があっても、今回ばかりは断るつもりだった。

「では詳細をメールしますね。彼はとても忙しい人ですが、あなたのような才能ある方には時間を割いてくれると思います。ただ…」高橋講師は少し表情を引き締めた。「彼はとても率直な人です。甘いことばかり言いませんよ」

「大丈夫です。むしろ正直な意見をいただきたいです」

高橋講師は微笑んだ。「では楽しみにしていてください」


「58階…」

健太は息を飲んだ。村上さんの勉強会が開かれる場所は、都内有数の高層ビルの最上階近くにあるコワーキングスペースだった。ガラス張りのエレベーターから見下ろす東京の街並みに、彼は少し目まいを覚えた。

「初めまして、佐藤です」

勉強会の会場に着くと、5人ほどの参加者がすでに集まっていた。健太は緊張しながら自己紹介した。

「どうも、健太くん」

厚い声が響いた。振り返ると、50代前半と思われる男性が立っていた。がっしりとした体格、短く刈り込まれた白髪交じりの髪、そして鋭い眼光—それが村上だった。

「高橋先生からは聞いています。SEからの転身希望者ですね」

「はい」健太は小さく頷いた。

村上は彼をじっと見つめた後、「座りなさい」と短く言った。健太は指示された席に着いた。

勉強会は村上の一方的な講義ではなく、参加者同士のディスカッションが中心だった。テーマは「専門性を活かしたコンテンツマーケティング」。各自が自分の専門分野をどうビジネスに結びつけるかを考え、発表していく。

「では次は健太くん、君の専門分野とその活かし方を教えてください」

突然の指名に、健太は一瞬言葉に詰まった。しかし、これまでの講座で学んだことを思い出し、深呼吸して話し始めた。

「私はSEとして5年間、主にデータベース設計とシステム開発に携わってきました。その経験を活かせる分野として、データ管理やシステム導入に関する解説記事や、ITに詳しくない経営者向けの技術解説などが考えられます」

村上は腕を組んで聞いていた。「具体的に、どんな記事を書けますか?」

「例えば…」健太は考えを整理した。「『中小企業のためのデータベース入門』『コスト削減につながるシステム選びのポイント』などです」

「それは誰が読むんですか?」村上の質問は容赦ない。

「ITに詳しくない経営者や、情報システム部門の担当者です」

「彼らはなぜその記事を読む必要があるんですか?」

健太は少し困惑したが、懸命に答えた。「彼らは業務効率化やコスト削減のためにシステム導入を考えていますが、専門知識がなく判断に迷っています。私の記事が意思決定の助けになります」

村上は初めて小さく頷いた。「そう。顧客の課題解決に繋がることが重要なんです。ただの知識の切り売りではなく」

勉強会は3時間続き、それぞれの参加者が自分の専門性について深く掘り下げていった。村上の質問は鋭く、時に厳しかったが、すべて的を射ていた。健太は久しぶりに頭を使い切った感覚だった。


「佐藤くん、ちょっと時間ある?」

勉強会終了後、参加者たちが解散する中、村上が健太を呼び止めた。

「はい、大丈夫です」健太は少し緊張しながら答えた。

「このビルの60階にカフェがあるんだ。そこで話そう」

エレベーターで上がりながら、健太は何を言われるのか不安だった。自分の発言は浅はかだったのだろうか。厳しい指摘を受けるのだろうか。

カフェからは東京の夜景が一望できた。輝く街の光が、まるで星空のように広がっている。健太はその美しさに見とれた。

「きれいでしょう」村上が席に着きながら言った。「私はここで考えることが多いんです。視点を変えると、見えてくるものも変わる」

コーヒーを注文した後、村上は本題に入った。

「健太くん、なぜフリーランスになりたいんですか?」

「それは…」健太は言葉を選びながら答えた。「今の働き方に限界を感じているからです。自分の時間や健康を犠牲にして、それでも充実感がない。自分の能力を最大限に活かしたいと思うようになりました」

村上はじっと健太の目を見た。「逃げではないんですね?」

「逃げ、ですか?」

「ええ。会社が嫌だから、上司が嫌だから、という理由だけでフリーランスを目指す人は多いんです。でもそういう消極的な動機では長続きしません」

健太は考え込んだ。確かに最初は「窓のない部屋」から逃げ出したいという思いが強かった。しかし、講座を受け、ブログを書き始めてからは、新しい可能性への期待が芽生えていた。

「最初は逃げの気持ちもありました」健太は正直に答えた。「でも今は、新しい挑戦への期待の方が大きいです」

村上は満足げに頷いた。「正直でいい。私も最初は似たような気持ちでした」

「村上さんも?」

「ええ。商社時代は激務でした。海外出張の連続で家族との時間もなく、50歳を前に健康診断で異常が見つかりました。このままではいけないと思い、40代半ばで会社を辞めたんです」

村上はコーヒーをすすりながら続けた。「最初の1年は本当に苦労しました。収入は激減し、自信も失いかけた。でも、自分の専門知識と経験を信じて、諦めずにコツコツと実績を積み上げていきました」

健太は村上の言葉に引き込まれた。まるで自分の未来の姿を見ているかのようだった。

「健太くん、あなたには才能があります」村上は真剣な表情で言った。「高橋先生も言っていましたが、技術を分かりやすく伝える能力は貴重です。ただし、才能だけでは食べていけません。厳しい訓練と覚悟が必要です」

「どんな訓練でしょうか?」

「まず、毎日書くこと。たとえ短い文章でも、毎日アウトプットする習慣をつけることです。次に、自分の専門分野を絞り込むこと。『何でも書けます』では価値が下がります。そして一番大事なのは、実際のクライアントワークを経験すること」

村上は自分のビジネスカードを取り出し、裏に何かを書き始めた。

「これは私が管理しているクライアントのブログサイトのURLです。月に1-2本、技術解説記事を書いてみませんか?報酬は1本5千円程度ですが、実績になります」

健太は驚いた。「本当ですか?」

「ええ。もちろん納期と品質は厳守してもらいますよ。甘くはありません」村上は真剣な目で健太を見た。「どうですか?挑戦してみますか?」

健太の心臓が高鳴った。これは彼にとって初めての「仕事」になる。副業規定に抵触しないか、納期に間に合うか、品質を保てるか—様々な不安が頭をよぎった。

しかし、彼は決断した。「ぜひやらせてください」

村上は満足げに頷き、カードを健太に渡した。「では来週、詳細をメールします。期待していますよ」


「初めての仕事…」

アパートに戻った健太は、村上から受け取ったカードを眺めていた。初めての「フリーランス」としての仕事。小さな一歩だが、大きな意味を持つ一歩だった。

彼はスマホを取り出し、中村のブログを開いた。そこには「最初の仕事を獲得したら」というタイトルの記事があった。

「最初の仕事はスキルだけでなく、対応力やコミュニケーション能力も試されます。納期を厳守し、修正依頼には素直に応じましょう。この最初の信頼関係が、次の仕事につながります」

健太は深呼吸した。「頑張ろう」

翌週、村上からメールが届いた。「AI活用による中小企業のデータ分析入門」というテーマの記事依頼だった。納期は2週間後。原稿料は5,000円。企業向けブログでの公開を前提とした、2,000字程度の解説記事を書いてほしいとのことだった。

健太は緊張しながらも、すぐに承諾の返信をした。夜はオフィスで残業、帰宅後は記事作成のためのリサーチと執筆。土日も原稿に向き合う日々が始まった。

睡眠時間は削られ、体は疲れていた。しかし、不思議と彼の心は充実していた。これは自分の意志で選んだ道。自分のスキルを磨くための投資。その実感が、彼を支えていた。

「佐藤、最近元気ないな。大丈夫か?」

ある日、会社の上司・村岡がそう声をかけてきた。健太は疲れを隠し切れていなかったようだ。

「すみません、少し睡眠不足で…」健太は曖昧に答えた。

「無理するなよ。…とは言っても、今月のプロジェクトは重要だからな。頼むぞ」

村岡は相変わらずだった。心配するそぶりを見せながらも、結局は仕事を押し付ける。かつての健太なら落ち込んだり、怒りを感じたりしただろう。しかし今の彼には、もう一つの世界があった。

「はい、頑張ります」

その夜も健太は深夜まで原稿と向き合った。就寝前、彼は村上にメールで進捗を報告した。すると数分後、返信が届いた。

「頑張っていますね。無理はしないように。質問があればいつでも連絡してください。応援しています」

短いメッセージだったが、健太には大きな励みになった。これまで彼は「使える駒」として扱われてきた。しかし村上は彼を一人の「才能ある人間」として見てくれている。

健太は寝る前に、鏡の中の自分に問いかけた。「本当にフリーランスでやっていけるのか?」

鏡の中の自分は疲れた顔をしていたが、目には以前にはなかった輝きがあった。健太はその目を見つめ返し、静かに頷いた。

「やれる。絶対に」

初めての仕事。初めての師。健太の心の中に、小さいながらも確かな自信が芽生え始めていた。「窓のない部屋」を出るための鍵は、彼自身の手の中にあった。

次回、第7話「秘密の準備」 本業と副業の両立に苦しむ健太。初めての仕事を無事に納品するも、さらなる課題が彼を待ち受けていた。会社に知られないよう、彼は「秘密の準備」を進めていく—。

 

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